八幡平温泉郷の歴史


八幡平温泉郷は、岩手山の北麓に位置する温泉リゾートである。

 そのうちの1つである「蒸ノ湯(ふけのゆ)温泉」は、八幡平の北西麓、  標高1100mの地にある。  開湯は、永年間(1704~1711)といわれ、300年以上もの歴史を誇る名湯  として知られている。  地熱を利用した蒸かしの湯として、湯治で賑わったことが名前の由来。

 かつては湯治場も存在したが、昭和48年の土砂崩れ災害で崩壊し、  現在はその場所に、男女別の露天風呂しか残されていない。  宿は少し離れた三角屋根の建物で営業している。

 「大沼温泉」は1970年代に開発された温泉で、ブナ林や高原植物が見られる  大沼の湖畔に湧いている。

 「玉川温泉」は、奈良時代の末期806年に、海抜1336メートルの焼山火山の  中腹が大爆発し、その爆発口から噴出した湧き湯と伝えられている。
 
 「藤七温泉」は、藤七という名の木こりが発見したとされ、温泉名もこれに  由来する。
 
 「後生掛温泉」は、約300年前に、三陸地方出身の九兵衛が重病で苦しんで  いた際、恐山巡礼の途中の女性の看病を受け、回復後その女性とともに  暮らした。3年後、三陸から九兵衛の妻が当地にやってきた際に、  巡礼の女性は源泉地の谷に身を投げた。  それを知った九兵衛の妻もまた、「後生」を「掛」けて源泉の谷に身を投げた。  以降この地を後生掛と呼ぶようになり、また源泉をオナメ(妾)の湯、  モトメ(本妻)の湯と呼ぶようになった。

 昭和34年(1959)八幡平温泉郷は、国民保養温泉地に指定され、  一躍全国に名前を広めることになった。  歴史ある温泉が多く、有名どころが名を連ねる八幡平温泉郷である。




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